サムライとは、なんぞや。
―― 勇者? 兵(つわもの)?
サムライスピリッツとは。
―― 勇気? 忠義心?
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わたしの祖母は、躾に厳しい人でした。
行儀や精神 (誇り、慈愛、謙虚) を、とことん叩き込まれました。
小柄ですが 男同様に、いえ それ以上に強く、凛とした人でした。
わたしにとっての “サムライスピリッツ” は、祖母が身ををもって教えてくれた精神。
あえて、一言で言うなら “謙虚”。
愛する者は命がけで守り、決して人を裏切らず、強く優しく、誇りを持ち、内なる能力をひけらかさない謙虚な魂。
the poor in spirit : 心貧しき人々 (心が貧しいという意味ではなく、おごり高ぶらない人 の意)
日本でも外国でも、宗教は違っても、人としての心の根底は同じだと思います。
心貧しき人々は 幸いなるかな
聞くところによると、彼女の半生は苦労続きだったようで…
お人よしの両親が 他人の借金の保証人になって騙され、家も財産も、大事な家系図 (family line, family tree) までも取り上げられた挙句、一家で泣く泣く故郷を離れ、どん底(この世の“冬”)を経験。生きる糧のために奉公に出、働き詰めに働き、両親が早死にした後も 長女として弟妹を育て、守り、若くして夫を亡くしてからも、女手ひとつで ひとり娘 (=わたしの母) を立派に育て上げた人です。
(運がいいとか悪いとか… さだまさしの 「無縁坂」を聞くと、彼女のことを思い出します。これでもかっていうくらい、魂の修行をさせられた人でした。)
厳しく 口やかましくもありましたが、周りの者に 常に深い愛情を注ぎ、慈しんでいました。
子供の頃、「も〜 ウルサイナァ〜」 と感じていたことが、あとで思えば とても大切だったことに気付きました。
子供の顔色を伺って機嫌をとって、いい大人を演じるより、うとましがられても堂々と諭せる人でいたい。自分の信念を貫ける人でありたい。
人は困難にぶつかると、時として神を恨みます。
「どうしてわたしがこんな目に…?」 「何も悪いことしてないのに」 と、運命をのろったりします。
祖母は辛いことがあると、ご先祖さまが悪いことをしたから、(人を切ったり、苦しめたり…) それで自分がこんな目にあって、過去の償いをしているのだと、口癖のように話していたそうです。自分はそれを甘んじて受け入れなくてはならない と。
でも、人生において 神は平等で、前半 苦労した分だけ、静かで平和な余生であったと信じます。
(昔、占い師に 「あなたは人生の後半が良い」 と予言されたとおり、晩年は家族に囲まれ、幸せだったよね。)
たとえ地に落ちても 誇りを捨てず、自分らしい生き方を貫いた…
わたしにとって、祖母こそが、サムライ。
女だけど 立派な、サムライ・ウーマン。
質素で、謙虚で、慈悲深く、向学心と向上心があり、誇りと信念を抱き、自分に厳しく 人に優しく、泣き言を言わず、働き者で 無類の頑張り屋。
あなたの血は、わたしの中にも流れているはずなのに。
(わたしはスグに弱音を吐くし、楽なほうへ楽なほうへ流れる、へたれで弱腰の、軟弱人間。)
でも、あなたの魂は、まちがいなく、わたしの中に宿っています。
優しさと共に、強い人でありたい。
女として、誰よりも尊敬します。
あなたの生きざまを 憶えておきます。
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○ハルの記憶
幼い頃の記憶をたどれば、わたしは いつも祖母の背にいました。
祖母におんぶされたときの、あの、地面からの高さ (距離感)、背中のぬくもり、そこから見た風景を、とてもよく憶えています。
よく温泉に連れて行ってくれていて、街燈のあかりや、そこに飛ぶ小さな虫たちや、地面にうつる影や、夜の風の香り(昼の空気とは違う香り)、和服の祖母の 小気味良いゲタの音まで…
そう、目の前にあった 祖母のおだんごに結った髪や、えりあしまで憶えています。
(当時 祖母は48歳、わたしは赤ん坊です。)
眠りにつくまで、祖母は 昔話や御伽噺を、いくつも話してくれていました。
(必ず お姫様が出てきて、基本的に “勧善懲悪”ストーリーで… 今 思えば、創作もあったかも。)
近所の子供はお小遣いをもらって駄菓子屋さんに行ってたのに、市販のものはよくないものが入ってるとか言って、おやつは常に手作りでした。ホットケーキとか、蒸しパンとか、ドーナツとか、きなこだんごとか、大学芋とか…。プリンやゼリーやアイスクリーム、アイスキャンデーまで手作りで。
(当時はそれがスゴク嫌だった。駄菓子屋さんのくじやオマケや、色とりどりのお菓子は魅力的で、時々 ナイショで買って食べたりしてました。ごめんなさいです。)
働き者で、ヒマさえあれば動いていて、きれい好きで、家の中は常にきちんとしてました。
お料理も上手で、まさに女の鑑、主婦の鑑でした。
わたしは わたしが生まれてからの祖母しか知らないから、過去の波乱万丈の半生を知った時は、驚きました。彼女の優しさと強さ、ひたむきさは、そこから来ているのかと 納得しました。
4歳まで ひとりっ子だったわたしは、妹ができて、母親をとられちゃったような、愛情がそっちにいってしまったような… 微妙な寂しさを感じたとき、常に祖母がそのスキマを埋めてくれていました。
母は家庭人じゃなくてBG(ビジネスガール)だったので、わたしのもつ主婦のイメージは、母より祖母です。
学校から帰ると、いつも祖母がおやつを作って待っていて、「おかえり」って、迎えてくれてました。
お手伝いをすると、上手ねぇって褒めてくれて。
春には「よもぎ餅」のための「よもぎ」を、祖母と 野原に摘みに行くのが楽しかった!
祖母の名は ハル。
春のようなひと。
いつも笑顔だった。
(笑ってなくても、普段の顔が そのまんま笑顔でした。)
涼が生まれたとき、男児誕生に 祖母はことのほか喜んでいた。可愛がっていた。
涼は、祖母にだっこされ、百日(ももか)参りのときに お宮でもらった「でんでん太鼓」であやされたり、ミルクを飲ませてもらったりした記憶があると思う。
(彼も赤ちゃん時代のことは不思議と憶えてるタイプなので。)
祖母と交代でこの世に誕生した娘。
この子を生まれ変わりと信じれば、愛情はさらに増す。
丸顔も、小柄も、頑張り屋も、強さも博愛も、えりあしの形まで、実は祖母そっくり。
(つまり ひいおばぁちゃん似。本人はおじぃちゃん似だと思っています。)
『オーラの泉』を見て、いろいろなことに思いを馳せる 今日この頃。